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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)57号 判決 1994年10月28日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四五年五月一日に設立されたカツラに対し、代表者であった訴外上田桂資の個人商店時代の昭和三〇年以来、寝具等を販売してきたが、昭和六一年ころからはその商品取引は年間二億五〇〇〇万円余りにのぼり、カツラに対し常時年間一億円くらいの債権残高があった。

(二)  原告は、平成三年五月ころ、カツラに対し、弁済期を同年一二月末として三億円の融資をする旨を約し、順次貸し渡したところ、同年一二月二六日ころ、上田桂資が原告方を訪れ、カツラが粉飾決算を行っていたこと、六億円程度の欠損が出て年内の返済が不可能になったこと等を打ち明け、右融資金の返済の支払の延期の依頼をしたので、右申出に応じることとし、平成四年以降はカツラの帳簿類を見てその経営状態を把握するようになった。

(三)  原告は、平成四年九月一日、カツラとの間で、カツラに対する現在及び将来負担する一切の債権を担保するため、カツラが現在及び将来有すべき被告を含む一一社の取引先に対する売掛代金債権全額を譲渡担保として譲渡することを予約し(以下「本件契約」という。)、カツラから譲渡債権額、日付等を空欄にしてカツラの記名印及び代表者印を押捺した債権譲渡通知書を通知に必要な数だけ交付を受け、カツラが原告に対する債務の弁済を遅滞したり支払停止に陥ったりその他不信用な事実があった場合には、原告において予約完結権を行使することができ、右債権譲渡通知書の空欄部分を適宜補充して譲渡を受ける金額を決め、右通知書を第三債務者たる取引先のうち任意の者に発送することに合意した。

(四)  原告は、カツラが平成四年一二月二〇日ころ自己の債務を弁済するためカツラの本社を五億円余りで売却するなどして作った資金の中から二億六〇〇〇万円を原告に対する債務の弁済にあて、本社を同社の元配送センターに移転したので、平成五年五月ころ、カツラの本社が移転したことに伴い右2(三)記載の債権譲渡通知書のカツラの住所を書き直す必要が生じ、新たに同様の債権譲渡通知書を作成し上田桂資に右債権譲渡通知書を見せて代表印を押捺させた。

(五)  原告は、その後もカツラの経営状態が一向に好転せず、平成五年一一月四日上田桂資からこれ以上やっていけない旨の連絡を受けたことから、翌五日同人宅を訪れたところ、同人からカツラの経営が破綻し全く先の見通しがつかない等の話を聞き、同会社の経営が破綻したものと判断し、社員に連絡して、被告を含む一一社の取引先に対する債権譲渡通知書に日付を補充させ、譲渡債権額欄にはかねてよりカツラから情報の提供を受けていた各取引先に対する売掛代金額を参考にして金額を記入したうえ、右一一社に対して右各通知書を内容証明郵便でいっせいに発送し、右各通知書は翌六日ころ各債務者に到達した。

(六)  被告は、平成五年一一月六日右通知書を受け取ったものの、右通知書に押印された印影が被告とカツラ間の商品取引契約書にあるカツラの印影と異なり、また右通知書の発信局もカツラの住所地とは異なることから、右譲渡の有無をカツラに確認したところ、同年一一月一三日に取締役である上田景子が、同年一一月二〇日に上田桂資がそれぞれ右譲渡の事実を否定したことから、右譲渡はなかったものと信じ、同年一一月一九日カツラに対して、同時点における債権の支払のために額面五〇九一万八一六七円の為替手形を交付し、その後右手形を決済した。

二  右に認定した事実に基づき、本件契約の効力について判断する。

本件契約は、被担保債権の額が増減し確定していないことはもちろん、債権譲渡通知を発送し得る時期についても原告の判断に委ねられており、譲渡の対象となる売掛代金債権の債務者は取引先一一社のうちの原告が選択する任意の者とし、譲渡の目的とされる債権の額も債権譲渡通知発送時の総債権残高のうち原告が随意に決定できるものとされ、その限度額も定められておらず、原告が譲渡契約上の権利を行使することのできる終期に関する定めもなかったものである。

さらに前記一2(二)ないし(五)の経緯からすると、平成四年九月一日に本件契約がなされた時点では、カツラの経営状況は極めて不良であり、原告は、右時点のカツラの経営状態を熟知しながら本件契約を締結したものである。

そうすると、原告が経済的な危機状態にあるカツラから、それ自体増減する債権の担保のために、譲渡の目的となる債権の債務者、債権額について限定を伴わない包括的な債権を原告の望むときにいつでも譲り受け得ることとなり、本件契約によって原告が何らの公示手段なくして自己の債権の優先的な弁済をはかり得ることとなることを考えると、本件契約は、他の債権者との均衡を害することはもちろん、窮状にある債務者の利益もそこなう著しく不公正なものであり、民法九〇条によりその効力を否定するのが相当である。

そうすると、原告の本件契約が有効なことを前提とする本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  よって、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 小野憲一 裁判官 植村京子)

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